ショールーム日誌

2004/12/07 一人の女性の死からの学び。

11月30日(火)ショールームには、三人のお客様がおられ、二つのテーブルを回って、オンリー・ワンのダイヤモンドをお選びしていた。忙しい日であった。

スタッフが、メモ書きを持ってやってきた。緊急の電話であった。その名前を見た時に、(まさか……、そうじゃないよなぁ……)と心が震えた。

記憶に残るお客様が、自ら命を絶った。注意していた。元気になった、と安心もしていた。でも、間に合わなかったことに、愕然とした。

いい子だった。高校生の時からの付き合いだった。小さい身体で、高校生のままのような顔をして、医師となった。私の主治医になってくれ、と勝手な約束をしていた。特別な情を抱いていた。

いまから14年10ヶ月も前のこと。彼女は、東京の中心にある有名私立の高校二年だった。ある日のこと、突然に自分の意志とは関係なく手が動きはじめて、何かを書きはじめた。
次の日授業が終わったあと、ある校友が亡くなったことが発表になったという。その夜、字はその校友の名前となった。
亡くなった彼女からの通信だった。

お母さんに連れられてやってきた彼女は、お葬式の帰りでぐったりとしていた。霊のことなど知らないという。でも、少し前のこと、学校でこっくりさんよりも安全だからと、守護霊さま遊びをやった、という。その時、自分だけ勝手に手が動いたり、歩く足が早くなってたして、手足を抑えるのに大変だった、と言っていた。

『マインド・キャラット天孫』の第一章である。
亡くなったばかりの校友の霊を呼べるほどに、感受性の強い子であった。その彼女が、今度は自分の命を絶った。いや、自分でではない、と信じる。感受性が強かったからこそ、無意識の間に亡くなってしまったんだ、と私は信じている。そんな世界の怖さを、警告を込めて日誌とした。

11月に発行された季刊誌「エイトスター」の天声私語にも書いたことだが、霊的な世界は、目覚めた者にとって本当に面白い。そして、人は目指す。ヒーラーや霊能者を……。
見えない世界の探求が15年も過ぎた頃から初めて、人よりも強い感受性をもっていることが、怖いことに気づきはじめる。知らず知らすの内に、はまってもいく幽界との関係が怖い。だから、警告の意味で書いている。いま彼女もきっと、そう思っているであろうから……。

 順調に医大に進学し、6年の学生生活もこなして、見事に医者となった。
病人のエネルギーに囲まれていると、君のように感受性が高いとネガティブなエネルギーを受けてつらいだろうから、産婦人医になって誕生の瞬間に立ち会う医師になれよ、と言った私に、「それじゃ、産婦人科ではなくて、産科専門医しかないのよ。婦人科だとやっぱり病気の人ばかりだから……」とあどけなく答えていた。結局は、外科医となった。

順調な医師生活だった、と思う。そして、学生の頃から付き合っていた彼と、結婚した。医師ではなかった。健気に、医師と家庭を両立させていた。そして数年後、おかあさんからの連絡で、仕事を休んでいることを知らされた。精神不安定となって入退院を繰り返している、と聞いた時には、まさか、と思った。順風満帆の人生であったろうに……。

精神不安定と聞いて、元々感受性が高い子だったし、色々なエネルギーに取り憑かれてもいるだろうからと、精神修養を薦めた。とにかく自らの心の奥底にまで意識を鎮めて、低級なエネルギーに共鳴しない心を作るしかない、と思った。

ここからは、山蔭神道の行場である東海斎宮(横浜)を紹介して、辻先生にお任せした。しかし、あまり熱心に行を進めることが出来なかったらしい。体調と共に、精神的にはまだ継続する心が起こりきれなかったようだ。

そして、起こってしまった。お母さんが報告にいらした。
一年半くらい前のこと。妹さんが気づいて、間一髪引き戻せた、ということに、本当に良かった、と思った。

我が師は私の質問に、
「長いものを使う時には、へびなんだがねぇ……」と答えられた。つづけて、私は聞いた。

「へびというのは、どこで取り憑くんですか?」
「それはお墓が一番多いね……。なんでもそうなんだが、取り憑かれるということは、取り憑かれる本人の中にすでに共鳴するだけの子へびが住んでいる場合が多いとも言えるんだがね……」

彼が、お墓に隣接する地で生まれ育っていた。だから、引き合っていたということなのか……。確かに、結婚してから、おかしくなっていったらしい。

入退院を繰り返しながらも、今年は元気だった。8月31にショールームにやってきて、長いこと遊んで行った。妙に、はしゃいで、陽だった。仕事もアルバイトで始めている、と言っていた。別居したまま、実家で生活していた。半年前に来た時に、元気なので何気なく聞いていた。

「その時のこと、覚えているの?」
「う~ん、覚えていない……。」

黙って私は納得していた。やったのは、彼女ではないと思った。
動物霊などが出て行く時に、人間にとっては危険なことを色々な形でやるのだそうだ。山蔭管長からは度々教えられていたが、実体験もしていた。

タヌキなどは、蹴飛ばして出て行かないと出られないから、飛び込みなどに注意が必要だと聞いていた。とにかく、不慮のことが起こる。注意をしていても、仕切れないほどのタイミングを狙ってくる。虚をつく。一瞬人間側の不注意か意志で起こったかのようにそれらは起こる。そんな場合に限って、あの人がまさか、となる。遺書もなく、突然に起こる。

お通夜で、私は泣けて仕方がなかった。悔しかった。救えなかった。注意出来なかった。ただただ、ごめんな、と言いつづけた。

しかしその場には彼女の気配はなかった。前回やった同じ場所で、早朝それは起こっていた。憑きものが引き起こす時には、同じ所でやるものでね、とも聞いていた。それならば……、付きっ切りでいられないならば、その時には外れるように指示しておけばよかった、と悔いた。もう少しで、正常に戻る所だっただろう。だからこそ、身の中の憑きものは時を狙っていたのか。焦ってもいたのだろうか……。本当に、もう一息のところだった。

お通夜の帰途、でも不思議な思いが浮かんできた。
彼女は、やっぱり今回も知らない。無意識の内に、肉体をもってやってしまっていたんではないだろうか。早朝、それは夢遊病者のように起こったのではないだろうか、と。

次の日、会社には霊的なアドバイザーでヒーラーでもあり、木曜会にも登場願った古木氏が来ていた。何気なく、名前と亡くなったことだけを報告して、何かアドヴァイスをいただきたい、と乞うた。

「あれぇ……、おかしいな、その人動いてないよ。寝てるよ。まだずっと寝たままだよ。気がついてないよ。亡くなっているって分かったら、どうするんだろう。気がついたらパニックになるよ。」
「起こしてみたけど、全然起きない。どうするんだろうねぇ……」

こんなことがあるんだねぇ。突然に亡くなる人たちには、こんなことが関わっているのかもしれないね……。霊的な世界に目覚めたら、本当に心の自己鍛練をしつづけなくてはならないんだねぇ。

山蔭管長にお聞きしたら、
「そりゃ大変だよ。この前も向こうの世界で1000年も瞑想をしつづけている霊がいてね、それでは子孫は救われないんだが、本人はこの世にある時にも瞑想が好きで、好きなだけではなくそれが高い意識だと思っていたらしいんだが、霊界の仕組みはそうじゃない。とにかく向こうに帰ったら、すぐにやらなきゃならないことがあるんだよ。それを分からせなければ、この世に関係してくるんだよ……」

心の内にある陰が、外の陰を引き寄せる。共鳴する。そして、大きくなる。その初めの心の陰は、どうして生まれるのだろうか……。

私はいま、小学5年の双子と3年の父親である。すでに三人とも素直さいっぱいで、あどけなく応対する域を出てしまっている。無邪気な、あっけらかんの子供たちはいない。自我は育たなければ、自立への道はない。だから、子供の自我はいい。
しかし、その中にあの幼稚園時代の彼らの「気」はなくなり、反抗したり、黙り込んだりする子供たちがいる。これらが、人の心の陰の始まりなのだろう。親との交流の中から生まれる陰が、始まりなのだろう。

そのまま解放されず心に留めて大人になり、外との陰に共鳴していく。陰のもの同士が、共鳴していく。この時、陽に共鳴していくような大人になるには、育つ間に楽しさや明るさや素直さや前向きさや笑顔が意識に染みついている必要があるのだろう。そして、人と出会い人の陽の部分に共鳴して、一つになる。陽と共鳴する子育てをしたいものである。
そこに、育つ間の刺激と出会いの大事さが、見えてくる。


あの時15年前、君は17歳の魂を救ったね。
暗くて、寒くて、寂しいところにいた校友の霊を、明るくて、自由な世界に引っ張りだし、そして光の世界に送ったよね。彼女、喜んで、感謝して、上がって行ったよね。

今度は、僕が寝ている君を起こす。そして、いまの状況を理解させて、光の世界に必ず送り届ける。まさか、そんな役を僕がするとは思わなかったけれども、僕はそれをどうしてもやりとげなくてはならない。

低級霊などに翻弄されないために、意識の世界を深めていきましょう。
日々の生活を鎮魂行として、前向きに対処していきましょう。

動物霊などが心配な人は、山蔭神道が出してくださるお守りを持ちましょう。

お墓の半径70メートルに住む人たちは、邪な霊達の影響を受けないために、とりあえずは家を御札で守り、光に満ちた家にしておきましょう。

わざわざ物を溜め込んで狭い空間にして喜ぶような意識をすぐに取り除き、陰湿を嫌い、整理整頓をし、明るくありましょう。風を通し、光を入れましょう。笑いは、間違いなく魔除けになります。

光の中にいつもありますように……。愛の中にいつもありますように……。

前向きな者には、何も憑くことはない。もしネガティブな感情-悲しみや恐れや怒りや嫉妬があったとしても、それを前向きな意欲に代え、ネガティブを自らの内から、払いのけていきましょう。

私も、悲しみや後悔を、何としても上に返す、という意欲に代えて誠心誠意尽くすと同時に、子供たちの陰に気をつけて生きていきます。みなさんも……ね。

久しぶりのダイヤモンド日誌は、こんな内容になりました。
今回は、メルマガではなくて、ダイヤモンド日誌に掲載すべし、との示しがあったので、そうしました。

新しい年が、より良い年になりますように……。

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