ショールーム日誌

2005/03/29 十字架の意識は、ひどかった。

世界で一番多く愛用されているのが、十字架のペンダント・ヘッドであろう。
日本では、キリスト教に関係なくファッションとして、特別な意味も感じることなく胸にかけている人が多い。
その十字架の意識指数を最初に測定したのは、スタッフが胸にしていたものであった。昨年の12月4日から始まった物の意識指数測定。その現場を再現する。

 通常、エイトスター・ダイヤモンドを測定する場合には、見返りを求めない愛と言われるCQ(意識指数)500から始める。
他の宝石や人のCQを測定する場合には、肯定的か否定的かの境目であるCQ200から始める。
最初だったし、十字架がそんなに悪い意識ではないだろう、とエイトスター・ダイヤモンドの場合と同じく、意識指数500から始めた。右に回れば、600に上げる。反対に、500で右回りにならなかったら、400に下げる。

 400・300・200・100・と下げるも、まったく反応しない。
すなわち、意識が100もない、ということである。さらにつづける。
 80・60・40・下げるにも関わらず、相変わらずに、右に回る気配もない。
 そんなことがあるのだろうか……、と疑心となる。しかし、行くところまでやってみようと、さらに下げる。
 30・20・とつづけて、10まで下げたときに、ようやく右に回って、10は意識がある、となった。次には、15。右に回った。18は、回らなかった。16というと右に回った。
 そして、結局スタッフの十字架のペンダントの意識指数は、17であった。

 17という数値は、人であるならば、すでに生きることをあきらめるほどに低い数値である。そして、意識の世界の法則に則れば、低い意識が高い意識を引き下げるのだから、何気なく、そんなことを知ることもなく、ファッショナブルに着けている十字架のペンダントが、本来の自分の少なくともそれよりもずっとずっと高い意識を引き下げつづけているのである。
 意識の指数が測定できるようになって分かったのは、この世の混沌は、実は意識が混沌としていて、あらゆる混沌の意識の中で人は影響を受けながら生きている、ということであった。しかも、高い意識は低い意識に引き下げられている……。恐ろしいことである。

 以後たくさんの十字架の指数を測定して、そのあまりの低さに驚くばかりであった。形そのものの持っている意識が低いことを意味していた。何故なのだろうか。
 初めて真剣に十字架の意味を調べてみた。

 十字架は、イエスの磔の象徴であり、キリスト教徒にとっては、原罪の印となる。
ある書によると、「十字架は人間の罪の代価として、イエスが犠牲になってくださったシンボルであり、それを信じることによって救いが与えられるという象徴である」、とも書かれている。元々人間は、罪を背負って生まれてくる、という。

仏教のシンボルである、太陽のような、ということからデザインされた形、輪宝(宝輪)・(りんぽう・ほうりん)に比べると、確かに磔を思い出させる形をしていて、意識が高いとはいえないことをすぐに思わせた。

ちなみに、日本神道の説く、神の分霊として誕生することとは大いに違う。
もっとも、前世で積んだ魂のさまざまな悪い行いの記録で神を包み込んでいる、という神道の考えからすると、キリスト教はいつのまにか、この魂のレベルを人間の一番大本の意識と教えるようになったというならば、それは良く分かるのだが……。

『パワーかフォースか』の本によると、イエス・キリスト本人の意識は、この物質界では最上のCQ1000である、と書かれている。しかし、2世紀までには彼の教えの真実度は、930に落ち、6世紀末までには540に落ち、さらに11世紀初めの十字軍の時代から現在まで、498に落ちている、という。

西暦325年に大きな衰えが起きたのは、“ニカイア協議会が意図的にキリストの教えをねじ曲げた解釈”を発し、それが現在に普及したことが原因であったのが明確になっているとも書かれている。

愛を説いたイエスの教えが、いま愛の意識指数500を保っていないのは、何とも皮肉である。だから、世の中が乱れる……か。良くて、せいぜい理性レベルの集団であり、ほとんどが、200以下の自己中心の意識レベルで生きているから、世界は乱れる……か。

 そして、エイトスターが留められた十字架を測定したのが、3月11日のことである。
 ご本人の意識指数が、CQ250 エイトスターが留められた意識指数は、CQ14。
 250+14=10。

 驚いたのは、エイトスターがついているのにも関わらず、14という意識指数であったことである。エイトスターそのものの意識指数がいくつかは、十字に留められているので測定が出来ない。少なくとも、ご本人の250以下ということは有り得ない。
そして、CQ10というのは、持っておられるご本人が250あるから、それなりの元気はあろうとも、意識はどうにもならない否定的なものに染まっていることを示している。その意識に影響を受けて、日々を過ごす。恐ろしいことである。

色々な形の十字架をすでに測定したという経験がなければ、エイトスター付きの十字架を測定しながら、内心混乱していただろう。
「エイトスターがそんな低い理由はない。どうしてなんだろう……?」と。
 意識は、どんなに高いものでも、低いものに引き下げられる法則通りの結果であった。


お客さまの反応である。
「もう私はする気になれません」私は提案した。
「垂直部の下部分を四方等距離に切って、意識指数を測定してはいかがでしょうか?」
「そうしてくださいますか?」
積極的なお客様であった。意識の低いことがどんなことなのかを理解しているようであった。

そして数日後、正四方に切られた十字架は、14から生き返ってCQ300に戻っていた。たった形を正十字に調整しただけで、意識が正常に戻る。ご本人の250と合わせて、CQは意欲を象徴とする310となっていた。

 復活である。これは重要な意味を持っているように思えた。
世界に存在する十字架も、正四方にすることによって、意識は復活する。意識は、魂に直結している。ならば、世界中にある縦長の十字架を、正十字にするならば、イエスそのものの復活もあるのではないか……と。

我が社には、すでにスタッフが考案して、築島隆宏氏が意味づけした「ゴッドクロス」という正四方の十字がある。これだけで、CQ220を数える。どんな十字架よりも、ずっと意識は高い。ここにエイトスターが加わるのだから、低くなる訳はない。
ギリシャの十字架も、正四方であるそうだ。宇宙が、大きいことも小さいことも、調和であるならば、バランスの取れた十字は、それだけで宇宙的になる、ということを意味する。ということは、見えない世界との関係も、ずっと良いものになっているのだろう、と推測しているのだが……。

我が社でも、十字架ブームの時に、限定で作ったことがある。もしお持ちの方がいたら、すぐに東京本社のショールームに送っていただきたい。加工前・加工後の意識指数を測定して、お届けさせていただきます。

新しく始まった意識指数の測定は、まったく新しいことを我々に教えつづけている。あまりの日々の学びの多さに、日誌が追いつかない。
いまエイトスターは、燃えています。20年目に入って未だに、新しい。
この大気中に広がる真実の世界に向かって、また一歩前進、という感の強い日々となりました。これからも楽しみにしていてください。

(3月29日・田村記)

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